The sun rises again.

フィクション

彼女は仕事ができない

スーツを買いに行った。地元の商店街に入っているチェーンの店で、以前京都でも数回そこでスーツを仕立てたことがあり、その時の価格と形が気に入っていたので今回もそこで買おうと思ったのである。

びっくりしたのは、夏に入っていたはずのサイズが入らず、ひとつ大きくするかどうかを迷わなくてはならなかったことである。下半身が太ったような気はしていたが、そこまでになっているとは思っていなかった。ランニングをこまめにしている状態でこの有様では、社会人になってからどうなるのか、先が思いやられる。

 

私の体型もさることながら、対応した店員がさんさんたるものであった。

まず店に入り、ピンストライプのスーツ(私が持っているのは就活用の濃紺のスーツと明るい青のスーツしかなかったのでストライプのものが欲しかったのである)を探していると、まだ決まってもいないのに「どんなスーツをお探しですが」と、30に行かないぐらいのちょっと太った女の店員が話しかけてきた。「いやまだ見てるだけなので」と遮ろうとしても私の身長だのウエストだのをしきりに聞こうとする。一旦無理矢理に切り上げることに成功はしたものの、そのへんのセレクトショップのような話しかけ方をしてくるその店員に若干のいらだちを覚えずにはいられなかった。どうやらその店員は私の担当にあてがわれたようで、その後2着のスーツのサイズを出してもらおうとすると、2つ同時に探せば良い物を、ひとつのスーツだけを持って現れたり、Y体とA体のサイズの違いを聞いても、「Y体は一番小さくてA体はその次に大きいです」と答えたり(私が聞きたいのはどの部分がどのように大きいかであって大きいことぐらいは知っていることは前後の文脈でわかるのに!!!)、ネクタイを結ぶのがやたらと遅かったり、私の裾直しは「3日かかります」と言ったあとで後で来た客に対しては「裾直しは30分でできます」と言ってみたり(しかもそれを私に聞こえる音量でいう)、さんざん時間を食って会計だという場面で突然シャツとネクタイを合わせ始めたり。要するに散々な接客であった。

一緒に来ていた母はその無駄だらけの接客に完全にキレていて、途中から全く喋らなくなった。店から出た後もずっとあの店員はダメだと繰り返し私に話していた。そうしないとやってられない、と言った空気であった。

 

私も確かに母の言うとおり、ダメな店員だったとは思う。お世辞にも気持ちがいい接客ではないし、ひとつぐらい文句を言っても別にバチは当たらないだろう。

しかし、同時にひとつ思うのは、彼女は多分仕事が向いていないし接客業も向いていない。しかし仕事はこなそうとはしていたのであった。

仕事をこなそうとしていれば仕事になるもんでもなかろう、というのももっともであるが、まあやや言っても仕方ないし、私は気に入ったスーツが手に入ればそれで良い、としか思っていなかったため、彼女に対してそこまでの嫌悪感を抱くことはなかったのである。

むしろ、こんなに向いていない仕事であろうことは、彼女自身が一番良くわかっているはずなのである。完全にこれは想像であるが、そう思わせる何かが、彼女には漂っていた。
そのせいか知らないが、店舗においても他の店員との関わりとか会話は一切なく、反対に他の店員同士は楽しそうにおしゃべりをするシーンも見受けられた。そう彼女はあの場において、浮いているのだ。それでもやはり、仕事を放棄するわけにも行かず、今日もまた仕事をしているのである。全部想像であるが。

そう思うと、無下にもできないような気持ちが湧いてしまい、一旦上がってきた文句が沈んでしまうのである。別に私一人がこうやって怒りとか文句を押し殺したところで、実際彼女が仕事ができないのには変わりないし、同じ値段で受けるサービスという面で言えば彼女は失格であろう。しかしこれに失格を押してしまうのは、なんともやるせないのである。

「あー仕事できないんだな、でも必死にやってるみたいだから許してあげようか」という余裕があっても良いんではないかと、スーツ屋を出て母の気分直しに入った珈琲店で、エスプレッソを飲みながら考えていた。