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The sun rises again.

たのしくにっき

デート

昨日僕はデートをした,ようである.

 

デートとは一体なんなのか.女の子と一緒に二人で遊びに行けばそれはデートだという人もいるだろうし,そこにすきな人という条件を入れる人もいるだろう.僕の認識としては,後者であるから今回はデートではない,と思っている.

 

しかしそうなると「好き」とはなんだろうか,ということが問題になってくる.友人として好きということと恋人として,異性として好き,というのとでは意味合いが違うように僕には感じられるからだ.

しかし僕にはそれが良く分からない.長い間,そういうことから目を背けて,というかざっくり平たくつまらなく行って仕舞えばもてなかったから,そういうことを経験するチャンスがなかったと,そいういうわけである.

だから異性として好きという状態が,どういう心的な状態を指すのかが,いまいちちゃんとわかっていない.かわいいとか綺麗とかはわかるのだが,それが異性として好きかどうか,そうなってくるとことはそう簡単にはいかなくなってしまう.

 

さて話を戻す.僕はデートをしていない.しかし,向こう側からするとこれはデートだったのかもしれない.

一人は,とてもかわいい子で,頭も良いし,一般にとても綺麗だと言われるような子である.

 

僕はこの子のことが好きかどうか良くわからない状態が,かなり続いていた.

結論としては,僕は好きではないのだと思う.向こうからのアクションはないけれど,今でもこうやって会う事があるということは,もしかしたらまだ気があるのかもしれないし,ないのかもしれない.僕が相手が僕をどれだけ好きか,ということに対して過大評価をしているのかもしれないし,そうでないのかもしれない.

そんなこと聞けば一発で解決するのだろうけれど,それを聞いたところで起こるであろう状況を切り抜けられる気が僕にはしない.それはどちらに転んでもである.

好きと言われても,それを受け止めるだけの心は僕にはないし,そんなこと思っていないと言われても,僕の自分への気持ちの過大評価があらわになってしまうわけで,それはとても恥ずかしいから.結局自分がかわいいだけ,ということなのかもしれない.

 

もう一人は,容姿端麗というわけではないけれど,おしゃれで仕事の出来るタイプの子である.

いろいろとあったが,現状のことだけを述べると,彼女は今でも僕のことを好いてくれているようである.しかし僕は多分彼女のことが好きではない.話をする相手としてはとてもいい人だと思うのだけれど,それ以上の関係を持ちたいか,と言われるとそれは違うような気がする.

 

 

一つ思っているのは,話をして楽しいと思える,を超えるとそれは恋人であるということを仮定するとき,恋人になりたい,という気持ちは果たしてその話をするの向こう側,具体的に行ってしまうと体の関係だったりとかを求めることと一致するのだろうか.ということである.

別に体の関係を求めていなくても,恋人になりたいと思う場合だったり,逆だったり.人間には性欲があるのは仕方がないことであって,それを求めているから恋人になりたいのか,美人とやりたいからその美人と恋人になりたいのか.逆に話がすごく面白い人と必ずやらなくてはいけないのか.

僕のなかにはその気持ちがどちらもあるから,やりたいことと恋人を作ることが結びついていない.やることが絡んだところで好きかどうかを判断することに関して,僕にはなにも情報が増えない.

当然と言っていいのかわからないけれど,かわいいことはやりたい,と思うことはある.しかし,この「かわいいことやりたいな」と思うのは多分ただの好奇心であって愛情とは関係がないように,思えるのである.