The sun rises again.

フィクション

昨日の珈琲

頭が痛い。正確には痛いというより、重たい。けだるい。起きて動こうとすると、頭以外の体がそれを阻止しようとする。

たぶん昨日飲み過ぎたのだ。そしてそれはいつものことだ。

楽しくなってお酒を飲み始めると、いつも自分が次の日動ける大丈夫な量を超えてお酒を飲んでしまう。

「さあもう一歩先へ、さあ。」

だれに言われるでもないが、だれかが私を誘う。

「そちらには、何があるのですか?」

「そんなもの、あなたが決めることでしょう?」

「仰るとおりで。」

 

そうやって思うがままに飲み、眠り、浅い浅い夢と現実とを行ったり来たりしながら、ただただちょっと嘆きたくなるような現実の私を忘れようと、必死になっている。

 

さて、気づいたら朝が過ぎ、昼になり、夕方になった。そろそろ起きないと流石に人間としてまずいと思いたち、ふっと起きる。起きてみるとなんてことはない。体はもう睡眠を欲していないのだ。疲れはない。疲れているのは、頭のほうだ。正確には、精神というべきか。

一発気合を入れるために、珈琲を淹れる。これが私にできる精一杯のドーピングだ。煽り酒という手もあるが、そこまですると社会的にどうなんだという、ただの臆病から未だ試したことはない。私にもちょっと無法者としての勇気があれば、そういうことをしていたりしたのだろうか。

三週間、いや一ヶ月ほどだろうか、全く僕にはやるべき仕事がなかった。

それは大学院生であるからということもあるけれど、積極的に何もしないで済むよう、研究だとか、減りつつある貯金だとか、どうにか決着をつけなければいけない人間関係とか、そういう雑多なやるべきことから、目をそむけていただけである。

でも今日はちょっと、気分が違った。少しだけでも、やってみようかなと思った。

それは、起きようと思った時に、ちょっと頑張って、そして起きてみて、こうやって珈琲を飲んでいる、この感覚が少し懐かしかったからだ。たぶん。

 

思えば高校生の時って、全然お酒を飲んでいなかった。

周りの同級生では飲んでいる友達もいたけれど、べつにお酒なんてなくったって、全力で毎日が楽しかった。

学校に行ったり行かなかったりして、行ったら友達とばーっと喋って授業は寝て、放課後も残って勉強したり騒いだりして、塾では好きな化学と物理と数学ばっかりやって、そして家に帰って「あとちょっと」って珈琲を淹れて少し勉強したりして。この生活にお酒が入ってくる余裕なんて一ミリもなかったんだ。

 

そんなときの珈琲の、ちょっと苦いのを背伸びをしてブラックで飲んで、でもその微妙な味が段々と好きになっていって、それは行ってしまえば大人になるってことで、気づけば彼は合法的にお酒を飲める歳になって、その時はわからなかったこともいっぱい学んで、同時に自分ではどうしようもできないことだったり、悩んでもどうしたって難しい問題に直面して落ち込んだりしていくわけだ。

でも、それでもこうやって入れた珈琲の味は、今もちょっと苦くってそして前よりもおいしく感じていて「ああ自分も珈琲をおいしく思えるようになったんだな」って自分の成長に気づいた。

前の自分も、今の自分も、一人の私であって、つながっているんだってことに気がついて、ちょっと嬉しかった。

だから今日はちょっとでも、昨日の自分よりも前に行けるように、仕事をするのだ。