The sun rises again.

フィクション

帰省

今年の帰省が終わる.

思えばながい帰省だった.この四国の田舎に帰ってきたのが15日だったような気がするので,だいたい2週間ほど帰っていた計算になる.

大学生になってからは,「いつ帰るのか」という両親からの圧力もあって,夏は毎回帰省するようにしていた.といっても毎回バイトの予定であったり遊びに行く予定であったりが入るせいで,まとまった長さの休みを取ることができず,いつも1週間ぐらいしか帰らないことが多かったように記憶している.

1週間でもながい方だとは思うけれど,本当はもっと長く帰りたかった.

何故ならば,愛媛から出て行った田舎者には,東京はうるさすぎた.人が多すぎた.都会すぎた.

ありていに言ってしまえば,街に疲れてしまっていたのである.

 

東京に対する憧れから,東京に絶対行くんだと言っていたが,実際に行った東京は闇雲に人が多く,どこへ行っても混雑行列の嵐だった.

もともと別にライブだのに行くような活発なタイプではなかった.東京には混雑という部分もあるけれど,全国から産業や人があつまり,日本で一番活気がある,そして文化流行の最先端を形成していくという場所である.であるから,その文化的な意味での良さを享受できなかった僕は,なんとなくそういう華々しさから疎外感を感じながら,ひとり下宿でもくもくと本を読むかコーヒーを飲むか,寝ているかのどれかで,たまにのバイト以外では特に電車に乗るわけでもなく,ただただ大学と下宿との往復の日々を送っていた.

別に愛媛にいた頃だって,家の周りにはコーヒー屋もあったし,本屋もジュンク堂があってそれなりの蔵書を漁りつつ本を買うこともできたしで,別にそれらに東京にいって初めて触れたわけでもない.愛媛にいたころと同じような生活,自分が知っている圏内での生活に甘んじていた.

そんな僕には,帰省はとても楽しかった.そこには帰る場所があり,別に何をしなくても受け入れられる場所がある.それはもちろん僕が無職ではなくとりあえず大学生という肩書きを持っていて,今は夏休みだという正当?な理由があってこその安寧ではあるのだけれど,それはとても心地が良いものだった.

数年が経ち,僕は大学院生となり,就職活動も無事に終わり来年からは働くこととなった.すなわちそれは,今年で学生としての夏休みが終わることを意味している.

それを意識して僕は今年の夏ほとんどあらかじめ予定を入れなかった.バイトもしていない.研究室もあの手この手を使って極限まで休む.友達との旅行の予定も入れない.そうして出来上がったのが今年の帰省であった.

海に行き,モリで魚を捕り,釣りをした.山へ行き,昔お世話になった博物館の研究員のお兄さんに再会した.そのお兄さんは,昆虫に関する研究をしている人で,昔昆虫の標本を作るイベントかなにかで参加した時にとてもお世話になり,それ以来ずっと母が連絡を取り合っていて,家族ぐるみで交友のある人である.長い間あえておらず,もうすでに彼はお兄さんというよりはむしろおじさんであったが,久しぶりにあって昆虫の話をしていると昔を思い出すようでとても楽しかった.

家の周りをぐるぐるとランニングをした.馴染みの店にご飯を食べに行った.庭でぼけーっと本を読んだ.

今日から僕はまた東京へ行き,京都へと戻る.この夏はもう帰ってはこない.僕は社会人になるし,両親はさらに歳をとりじいさんばあさんになるし,祖父は死ぬだろう.兄弟もどんどんおとなになり,彼らの家族ができるだろう.もちろん僕にもできるかもしれない.そうなった時は,僕はこの今の僕として,愛媛を楽しむことはできないだろう.